2012年9月30日日曜日

経済学とは宗教

現代社会において、多くの判断が経済学者の見解などによって方向づけられています。政治家や官僚は、私たちの生活に関わる諸問題の政策を経済学者の助言なしに決定することができません。しかし、ここで注意しなければならないことは、経済学は真理を追求する「科学」のような学問ではないということです。
多くの政治家や官僚は経済学を「科学」と同等の学問と誤解しているようですが、私は経済学のことを「人々を統治するための宗教」と考えています。

◎「科学」とは何か?
この問は、とても哲学的です。私は、
 ①反証可能性を持ち、誰でも反証可能な仮説
 ②厳しい反証実験を耐え抜いた仮説ほど信頼できる
と考えています。

例えば、物が地面に落下することに関しては、以下の式で表せます。
 落下速度(メートル/秒) = 9.8 × 時間(秒)
 落下距離(メートル)   = 9.8 × 時間(秒) × 時間(秒)

上記の式は、落下する物体の重さを考慮していない点や、係数を9.8に固定していることに関し、反証できそうです。また、実際に色々な物を落とせば確認できるので、誰にでも反証実験できます。ところが、実際、誰が実験をやっても同じ結果になり、同じ結論に帰着します。上記式を一層裏付けることとになり、結論の信頼性が増します。これこそが「科学」です。逆に、どのような理論でも、「~という、私の主張は絶対です」と述べるだけだったり、実証せず第三者に反証の機会も与えない場合、科学的と言えません。

◎経済学はどうか?
たとえば、慶應義塾大学経済学部の1年生は、「経済学入門」を教科書として勉強しています。この本では、私たちの経済活動を、定性的な理屈とともに、数式やグラフによって数学的に説明しています。「家計の行動」という章を見ると、需要曲線に関する記述があります。考えをグラフにすると以下の図のとおりです。

グラフが示していることは、価格が下がれば買う人は増えるものの、価格が上がれば買う人は減るという考え方です。これは、ものすごく説得力があり、経済学における最も基本的な教えです。経済学者のみならず経済に関心のある方の間でも常識です。

◎現実はどうか?
ところが、上記のグラフや考え方は、日頃の私たちの購買行動を考えると反証に弱いことが分かります。
例えば、私たちは、iPhone5が出たからといって、価格の下がったiPhone4sを買ったりしません。たとえ買うつもりでも、明日に価格がもっと下がると思えば、明日まで買い控えます。逆に、来週ガソリン価格が上がると思えば、既に価格が高騰していても週末までにガソリンを買い足しに行きます。人の心理から見れば、購買意欲のグラフは下記のとおりです。

これは、経済学の教科書と矛盾しています。

◎経済学とは何なのか?
上記のことからも、経済学とは、一見すると科学的ですが、経済学の教科書にある基礎すら実証していない、理論としてはとても弱い「仮説」であることが分かります。実際、マクロ経済学には「貨幣数量説」や「有効需要説」などいくつもの諸説や派閥が乱立しています。また、お互い、言葉や数式で批判し合うものの、反証(実証)実験をしていません。経済学は「科学」ではなく「社会学」です。
ところが、不思議なことに、経済学には、巧みな言葉と数式・グラフを駆使することで、人々を説得するだけの力があるようです。まるで、人々を統治するための聖書の「教え」のようです。これは、まさに「宗教」と同じです。

つまり、「経済学」とは、人々を統治するための、宗教の一種なのです。

2012年9月23日日曜日

日中軍事力の比較

現在の日本と中国の軍事力を比較しました。想像以上の大差です。
日本は、生産設備も備蓄もない状況で、中国と戦争したら明らかに大敗します。

 

比較項目            
     日本      
      中国   
◎人的資源
総人口
126,475,664
1,336,718,015
兵役適齢人口
1,214,618
19,538,534
現役兵
239,430
2,285,000
予備兵
57,899
800,000

◎海軍装備
軍用船舶
110
972
商業船
673
2,012
港湾
10
8
航空母艦
0
1
駆逐艦
10
25
潜水艦
16
63
護衛艦
36
47
巡視船
6
332
 水雷敷設艦
29
52

◎空軍装備
航空機
1,953
5,176
ヘリコプター
690
632
空港
176
502

◎陸軍装備
戦車
902
7,500
輸送車両
5,000
55,850

◎天然資源
石油生産(bbl/日)
132,700
4,273,000
石油消費(bbl/日)
4,363,000
9,189,000
石油備蓄(bbl)
44,120,000
20,350,000,000

出典:http://www.globalfirepower.com/

(おしまい)

2012年9月22日土曜日

正しいゴルフスイング

私は、ゴルフを始めた頃、スイングに関して、「バックスイングで右へ体重移動しろ」とか、「左へ体重移動してからボールを打て」とよく教えられました。今でも、練習場に行くと、上手い方に同じ事を指摘されます。この教えは、日本のゴルフ指導者の間で広く受け入れられ、ゴルフ愛好家の間でも常識となっています。日本のプロは、体重を左右に移動することで成功しています。ところが、体重移動しながらボールを打つ事は、実践してみると難しいのです。むしろ、打球は、全く体重移動しない方が安定します。アメリカのプロには、体重移動しない人がいます。私は、かねてから、日本ゴルフ界におけるこの常識を、本当に守る必要があるのか、疑問に思ていました。

最近、興味深い写真を2枚見つけました。

ラールソン・プロは、スウェーデン出身の左足1本でプレーする女子プロゴルファーです。右足を失った今でも、ヨーロッパ新人ツアーで活躍する選手です。彼女は、右足が無いため、「バックスイングで右へ体重移動」するとこができません。
Caroline Larsson
http://www.carolinelarsson.eu/



サントス氏は、ドミニカ共和国出身の右足一本でプレーするアマチュアゴルファーです。ヨーロッパアマチュアでハンディーキャップ3を獲得する腕前で、プロを目指してフランスで頑張っています。彼は、左足が無いため、「左足へ体重移動して打つ」ことができません。
De Los Santos 
http://manueldelossantos.com/us/index.html

日本プロゴルフ協会のスイング指導要領は、正しいスイングは一つしか無く、「プロの『平均』こそが最も良いスイング」という考え方のもとに作成されているようです。しかし、2人を見て分かる事は、「正しいスイングは一つではない」ということです。

(おしまい)

2012年9月17日月曜日

外務省は世界を味方につけていない

日本国内では、連日、中国における暴力的な反日デモの様子が報道されています。この報道を見て、中国は世界から見放される、などと考えている人も多いと思います。しかし、私は、国内の報道だけで自分の考え方や立ち位置を決める事を、危険と考えます。

ここで、素朴な疑問がわいてきます。世界の報道機関は、今回の騒動をどう伝えているのでしょうか? 世界の人々は、暴力的な中国人の行動を見て、私たち日本人の主張を支持してくれるのでしょうか?

では、反日デモに関する世界の報道をインターネットで見てみましょう。

◎英国BBC
トップページを見ると、反米運動をトップ扱いするものの、反日運動に関し記載がありません。

アジアをクリックすると反日運動の記事が2段目にありました。しかし、日中貿易への影響を懸念する程度で、運動そのものに関しては紳士的と記載されています。

◎米国WSJ
これまた、一面では全く触れていません。

どこかに無いかと探してみると、米国に対し日中問題に関わらぬよう主張する、中国よりのビデオがありました。

中国の反日デモに関して、世界の報道は、米WSJも英BBCもそして我が日本のNHK(World)すら紳士的と報道していて、日本国内の報道とかなりの温度差があります。

世界は、一歩引いて成り行きを見守っているようです。つまり、日本の外務省は、未だ、世界を味方につけていません。国内の報道や官を鵜呑みにして、自分の考え方を決めることは危険です。勇ましいことを発言する前に、思料深い行動が必要と考えます。

(おしまい)

2012年9月9日日曜日

「行政の中立」とは方便・奇弁


報道番組を見ていると、「行政の中立性」を前提視することがままあります。行政が中立であることは、教育の場でも当たり前のように語られています。
しかし、ここで疑問が出てきます。中立とはなんでしょうか?誰が行政に対し中立を求めているのでしょうか?憲法に中立を定める条文があるのでしょうか?行政は、本当に中立なのでしょうか?本当に中立である必要があるのでしょうか?
私は、民主主義国家において「行政の中立」などあってはならない、と考えています。

◎そもそも中立とは何か?
中立(ちゅうりつ、Neutrality)とは、偏りが無い状態。対立が存在する際に、そのどちらにも与しない第三者の立場のことである。(ウィキペディア)
つまり対立が存在した場合、どちらの見方にもつかず、第三の立場をとるということです。

◎憲法では何を定めているのか?
憲法は、基本的人権や戦争放棄および国会・内閣・最高裁の分担を定めたものです。
憲法15条の1文目を見ると、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と明記されています。つまり、選挙によって選ばれた私たちの代表が人事院や「官」を罷免し選定しなおすことは、憲法に定められた国民の基本的な権利です。また、同2文目を見ると、公務員は「全体の奉仕者」としています。しかし、「中立であれ」とは記載されていません。つまり、憲法では、公務員に対し、何かの対立を前提に第三の立場をとることまでは求めていません。

◎大事なことは何か?
ここでよく考えてみると、政策を実現することは、一部の人に利益を供与し、その原資のため、他の人に負担を求めることです。例えば、老人を介護することは働き手に奉仕を強要します。つまり、公務員は、全体の奉仕者としても、国民全員に利益を提供する事はできません。つまり、政策決定過程において、多数決により国民の同意を得ながら進めるしかないことが分かります。
つまり、民主主義において大事な事は、公務員が政策決定や実行において選挙の結果に従うよう、統治の仕組みを担保することです。

◎誰が中立を主張しているのか?
ところが、人事院のホームページを見ると、「公務員は、憲法により『全体の奉仕者』であり、職務の遂行にあたっては中立・公正が求まられる」としています。
また、そのため、中立・第三機関をとらなけらばならないとしています。
つまり、中立を主張しているのは「官」です。

◎人事院が主張する中立とは何か?
人事院は何に対して中立で第三の立場であるべきと主張しているのでしょうか?それは、政治的対立です。政治的対立とは、輸出産業を優先するのか国内農家を優先するのかといった、私たち国民の代表同士の意見相違です。つまり、国民の意思であり選択です。ところが人事院は、そのような対立、つまり国民の意思や選択に対して、離れた第三の立場を取るとしているのです。これでは、「官」の理屈で政策を実行でき、国民の選択を担保できません。つまり、民主主義に相反する考え方です。
人事院が主張する中立・公正とは、東洋における伝統的な「官」による支配を復活するための、したたかな方便なのです。

つまり、「行政の中立」とは、国民の「官」を選択・罷免する権利を反故にし、民主主義を踏みにじる考え方なのです。

(おわり)